子授・安産・子守・各種祈祷 青海神社 公式WEBサイト
updated 2017-09-25

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p-01.jpg越後平野をみはるかす加茂山に鎮座まします青海神社は古くから「加茂のお明神さま」と広く親しまれております。   青海郷を開拓した青海首一族は、郷内氏子の護り神として神亀3年(726)に祖神椎根津彦命 (しいねつひこのみこと) と大国魂命 (おおくにたまのみこと) を奉斎する青海神社を加茂山の山麓に創建しました。   青海郷は、田上五社川から三条井栗、保内までの23箇村であったと伝えられ、加茂市一帯から多くの遺跡や古墳、平安時代の集落跡が発掘されております。
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桓武天皇の平安京へ遷都に当たり、京都の賀茂別雷神社(通称上賀茂神社)、賀茂御祖神社(通称下賀茂神社)の神領となり、御分霊を当地にまつり「加茂大明神」と申し上げております。
朝廷が延長5年(927)に全国の銘社を編集した「延喜式神名帳」に青海神社二座と記載されているところから「延喜式内社」と言われております。
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県社.JPG 慶長以前、上杉氏の崇敬厚く神領を寄進されました。新発田藩主溝口氏に至って社領の寄進、本殿等の造営をし、国土の平穏と五穀の豊穣を祈願されました。神社に社格が制定された明治5年、県内一号に「県社」に指定され、以来春季例大祭には県知事が参列されました。
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DSC00266.jpg昭和36年9月16日に襲来した第2室戸台風により、神域は大被害を蒙り大杉が約200本も倒れましたが、今なお亭々たる老杉に囲まれています。これらの老杉は加茂町年寄浅野氏が34年間にわたって植林したもので、350年を経た現在も森厳の気は人の襟を正させます。 中でも爺杉(ジジスギ)は、「千年杉」、「オキナスギ」とも呼ばれ、樹齢1000年、幹の太さ約635cm、御神木としてその雄大さを誇っております。
 古歌に“繁栄(むくさか)に立てる鉾杉見てもなお先ず仰がるる賀茂の大神”と歌われております。

726 年 (神亀3年)
青海郷を開拓した青海首一族は、祖神椎根津彦命を加茂山山麓にまつり、青海神社を創建した。
794 年 (延暦13年)
京都賀茂神社の社領となり、御分霊を併せまつる。
927 年 (延長5年)
延喜式神名帳に記載される。(延喜式内社)
1357 年 (延文2年)
青海・賀茂・御祖神社の本殿が再建された。
1530 年 (享禄3年)
上杉謙信の母は青海神社に月参りして、謙信を安産と伝えられる。
1656 年 (明暦2年)
浅野三郎右衛門は加茂山に大植林事業をおこす。34年間継続された。
1680 年 (延宝8年)
六十一年式年祭執行。(社記初見)
1695 年 (元禄8年)
新発田藩主溝口重雄は矢立御神事場を献納し、往古からの舟行神事を中止する。
1757 年 (宝暦7年)
賀茂神社を加茂山山腹に遷宮する。この際に「倉持宗吉菅原氏治承二年六月二十四日」の銘のある経筒(麻筒)が発掘され松平定信編纂の集古十種に載る。  
1787 年 (天明7年)
神社由緒碑を建立する。
1843 年 (天保14年)
社殿再建になり遷宮する。棟梁は越中井波の松井角平。
1855 年 (安政2年)
神輿三台を京都にて新調し現在に至る。
1872 年 (明治5年)
新潟県々社第1号に指定される。青海・賀茂・御祖三社本殿を現在地に合殿する。
1961 年 (昭和36年)
第2室戸台風襲来(9月16日)大杉200本余が倒木。
1963 年 (昭和38年)
境内のうち15.38ヘクタールが建設省指定都市公園となる。
1980 年 (昭和55年)
六十一年式年祭執行する。(9月1日)

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経筒.jpg経筒

由緒碑(200).jpg由緒碑

DSC00515.jpg県社碑